このページは日本図書館協会が発行している『図書館雑誌』89巻7号(1993年9月号)に掲載された私の論文をもとに構成してあります。
はせがわ とよひろ:鶴見大学図書館
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は じ め に
資料購入費における外国雑誌の比重の大きい館では、年間10%ともいわれる外国雑誌の原価上昇により、継続購読の中止が恒例行事になってしまった感がある。文部省の「大学図書館実態調査結果報告」によれば、大学図書館における1991年度の資料費645億円の内訳は、外国雑誌204億円(32%)、和図書179億円(28%)、外国図書169億円(26%)、和雑誌51億円(8%)、その他41億円(6%)であり、外国雑誌の予算比率が徐々に高くなっている。
洋雑誌担当者にとって、限られた予算を有効に活用することが最大の使命である。近年、欧米に本拠をおく雑誌専門の代理店(以下、外資系)の進出や国内の洋書輸入業者(以下、代理店)による新方式の導入など選択の幅が広がってきている。価格問題と雑誌の物流についての理解を深めることで、文献提供機能を低下させることなく有利な購入方法を選択することが可能になる。
最初に価格問題の動向を概観した後、1990年代に入って国内代理店が導入した「新価格体系(手数料方式)」及び「一括納入システム(チェックイン方式)」と従来方式である「係数方式」及び「直送方式」との得失を整理することで、今後の外国雑誌の価格問題と物流について考えてみたい。
物 流 ・ 価 格 問 題 の 動 向
1970年代までは、外国雑誌における図書館員の大きな関心事は未着欠号であった。雑誌の完納を要求する図書館にたいして、代理店は外国雑誌契約の特殊性についての理解を求めた。その際の代理店の根拠は、「代理店は出版社への予約契約と送金の代行を行い、物品の供給契約(雑誌の完納)からは原則的に開放されている。出版社との契約の主体は図書館であり、図書館は出版社の予約購読の原則に従う。雑誌は出版社から図書館に直送される。」とする、図書館・代理店・出版社の間の「三角関係」3)であった。しかし、契約の主体は図書館と出版社であっても、未着欠号に関しては図書館の主張を代理店が認めた格好で現在に至り、三者間の契約関係は未消化なまま認識されていた。
図書館からは物流事情と欠号対策の紹介がなされている。1)4)5)エア・カーゴ(航空貨物)、スタンディング・オーダー(出版による契約の自動継続)、ダイレクト・クレーム(出版社への図書館による直接欠号請求)の採用により欠号の発生と補充は飛躍的に改善された。
1980年代は、外資系の日本進出、総代理店制度の急増12) 、直接購読の試み7)、価格の決定方式の提案、円高差益の還元9)など、価格関連の動きが盛んに取り上げられ、競争原理の導入が問題解決の近道との見解11)
もある。
続く1990年代には具体的な対応があらわれた。図書館からは差別価格に対する国公私立大学図書館協力委員会15)
やIFLA14) での取り組みと国立大学における競争原理の導入であり、代理店からは新方式の採用18)20)21)
、出版社からはCD−ROMによる文献複写・使用料(著作権料)徴収システムのADONIS(Article
Delevery Over Network Information System) 17)である。さらに、価格・物流問題は、図書館業務に定着したコンピュータ化やネットワーク化等の情報基盤の整備により大きな話題に発展するだろう。19)
出版と流通にはふれないが、最近まとまった報告がでている。22)
学術出版の危機的状況として20年前に指摘された「価格上昇」「複製技術の進歩」「学問の細分化」について2)はほとんど改善されていない。
価 格 上 昇 の 構 造
@雑誌原価の上昇 13)
物価及び人件費の上昇と、投稿の増加によるページの増加で雑誌原価は一定の割合で上昇する。ページ単価で比較すると価格上昇はそれほどでもないという出版社の指摘もあるが、年間購読料を押し上げる根本的な要因となっている。
A出版社の販売戦略
図書館などの団体購読は団体の構成員による複写利用等が勘案され、一般に個人購読より割高である。一部の出版社では、国際的に強い通貨を持つ国の購読者に対して割高な価格設定がなされているが、後でふれるように解消の動きも出てきている。また、研究の細分化による購読対象の縮小と、図書館の購読中止による予約部数の減少を補うために単価を上げざるをえない状況でもある。
B代理店の販売価格の設定 6)
代理店による雑誌価格の設定は、「原価×換算レート(基本レート×通貨毎の係数)」により、換算レートは「基本レート+手数料」の意味をもっている。固定相場制時代の1ドル360円当たりの代理店手数料(係数)90円(25%)は、国立大学や大手私立大学の代理店との交渉により暫時低下し、20年後の現在1ドル当たり20〜30円(15〜20%)に至っている。代理店の利益幅は円高というレートの変動により低下し、図書館にとっては雑誌の原価値上げにより、特に代理店の手数が増えないにもかかわらず手数料が上昇する構造をもっている。この不確定な構造と図書館の値引き要求を考慮して換算レートが決定される。これを係数方式という。
大手の国内代理店が学協会・大学出版部等から日本市場での独占販売権を獲得し、円定価(円建)で価格設定する「総代理店もの」は外貨建のものより非常に割高であるといわれている。円建雑誌は1980年代後半には支払額の約3割を占めている。新方式後の「総代理店もの」については後で更に説明を加える。
C図書館の資料費の相対的減少
雑誌価格の上昇と図書館予算における資料費率の低下により、資料費は相対的に減少する。そのため図書館の購読タイトルが減少して、予約者数の低下を招き、雑誌価格が上昇するという悪循環が出来上がる。
D為替レートの変動
価格上昇の対抗策において購買力の変化として説明するが、現在までは価格上昇を相殺する最大の要因であり続けている。
新 方 式 の 概 要 と そ の 得 失
1987年度補正予算による文教図書予算への大幅な上積み(46億円)があり、1982年に日本に上陸していた外資系を交えての競争入札が行われた。これを機に1989年度には、いくつかの国立大学図書館で外資系が外国雑誌の契約を獲得した。国内代理店は、図書館との一段と厳しい価格交渉を余儀なくされることとなり、外資系と対抗するために新方式を導入したものと考えられる。
各々1年間の試行を経て、丸善は1991年1月納入分からMACS2(Maruzen
Accelerated Consolidation System: 外国雑誌一括納入システム)を、紀伊国屋書店は1992年1月納入分からアクセス(Air-cargo,
Check-in, Consolidation, Economical, Satisfaction, System)をスタートした。これにより、図書館が外国雑誌を受け取る方式は、伝統的な直送方式と代理店がチェックインを行う付加価値サービスであるチェックイン方式の2通りとなった。新方式によって図書館は、省力化と価格低下の恩恵に浴することになったのだろうか。以下で考えてみたい。
@「直送方式」から「チェックイン方式」
出版社から国内代理店の海外集荷基地に雑誌を集めてチェックした後、エア・カーゴ便で国内センターに集荷し、再度の欠号チェックを行い、個々の図書館ごとに納品書と一緒に宅配するシステムである。チェックイン方式と呼ぶと、より実態に近くなる。この新方式は、エア・カーゴ・サービスや総代理店ものの蓄積をいかし、外資系のスタイルにならっている。
直送方式では不可欠な1冊1冊の開封の手間が省け、欠号請求の手間も省ける。さらにチェックイン情報を館内システムに落としこむことも可能になる。代理店では図書館の省力化をセールスポイントの一つにしているが、中小規模の図書館では担当者が楽になるだけである。図書館全体の省力化につなげるのは図書館側の仕事である。
到着が遅れる傾向を指摘するむきもあるが、チェックインを済ませてから納品されるため到着がある程度遅れるのはやむを得ない。新方式の採用に際して図書館は、到着した雑誌をすぐに配架できる処理手順を組むことが当然の対応である。
A現地価格の適用
現地集荷による現地価格の適用は雑誌の価格を低下させ、図書館にとっては大きな魅力となる。しかし、海外向け価格と国内価格の差額がチェクイン方式の手数料を相殺できるのは、地域による差別価格が存続している間だけの一時的な現象とみなすほうが無難であろう。1993年予約分からPergamon社は日本向割増価格を廃止し、Elsevier各社は日本向割増送料を廃止している。
B「係数方式」から「手数料方式」
新体系では、従来の通貨毎の係数方式から、個々のタイトル単位で手数料が設定される手数料方式となる。手数料は、基本手数料と個々のタイトルの特性(価格帯、出版社、出版国、通貨、刊行回数、取引条件)から算定される。先の代理店の価格設定で述べたように、係数方式は個々の雑誌の特性とは無関係に手数料が設定される。新価格体系は、価格決定メカニズムの不明確さが指摘されていた係数方式を改善する意味をもつ。
高額誌主体の図書館においては、タイトル単位の手数料が通貨単位の一律手数料率による額より低下するため安い買物が可能になる。しかし、低額誌主体の館においては固定経費が手数料として一律に数千円加算されるため価格が急上昇する。
円建定価から値引きしていた総代理店ものについても手数料方式に変更され、円建価格が外貨建となり結果的に割安になった。当館のある代理店の例では、
105点中71点が外貨建て、34点が円建て価格であり、1993年分の支払額は1991年比で、外貨建て
166%、円建てだったものは 103%であり、総代理店ものは割安になった。
C外資系との比較
外資系と同じ土俵で競争することは国内代理店にとって賢明な選択とは思えないのだが、ともかく新方式の導入により受注方式は外資系と同じになった。しかし、両者の間には大きな違いが存在する。
国内代理店では営業担当者が毎週のように図書館を訪問し、様々なクレームや注文に対応する。また、オンライン検索、そのためのハードウェア、図書館機械化システムなど図書館に関するあらゆる情報システム・媒体を商品として扱う。図書館は、総合図書館情報企業である丸善、紀伊国屋書店などの代理店と取引を続けていれば時流に乗り遅れる心配がなくなる。
外資系は、雑誌専門取次としての世界的な展開、大量受注及びコンピュータ処理による経費節減、国内代理店より有利な出版社ディスカウントなど、情報面と価格面において国内代理店をはるかに凌いでいる。
価格、欠号補充への対応、営業担当者の能力、受・発注や物流システム、出版情報サービス、関連商品販売、代理店のポリシー等が代理店の選択基準になる。
D出版社との契約の消失
雑誌が代理店の買切になる総代理店制度で始まったことであるが、新方式のもとでは、出版社と図書館との契約関係が全く消滅する。つまり、代理店が出版社から購入した雑誌を、図書館があらためて代理店から購入することになり、この点について図書館と代理店との間に新たな契約関係を構築する必要があろう。例えば、出版者のクレームポリシーは代理店に対するもので、従来は代理店による商習慣として行っていたとされる雑誌の完納を、図書館が代理店に対して求めることは全く妥当な要求となる。
価 格 上 昇 へ の 対 抗 策
価格上昇のショックを和らげたのは、円高、代理店手数料の引き下げ、代理店の新方式である。価格上昇傾向の中でこの3つが緩衝材になってきた。
それでは、円高により図書館の購買力はどの様に変化したのだろうか。米国における国内外の雑誌価格("Serials
Librarian" "Library Acquisitions"による)の単純平均を雑誌の平均価格とみなして、1982年と1991年の換算レートで比較すると次のようになる。もし、1991年の換算レートが1982年の水準であった場合、購入可能タイトルは半分になっている。円高により図書館の購買力は自動的に2倍になったのである。
1982年 1991年 平均雑誌価格($) $ 91.87 $248.93 換算レート 280円 148円 平均雑誌価格(円) 25,700円 36,800円 1大学外国雑誌予算 2,700万円 3,750万円 購入可能タイトル 1,050点 1,019点 1991年の換算レートが1982年と同じ場合 平均雑誌価格(円) 69,700円 購入可能タイトル 540点
図書館が主体となって行う対抗策は、「いかに代理店から安く買うか」「いかに安い代理店を選択するか」であり、資料費の不十分な増額や、図書費の雑誌費への転換であった。また、外国雑誌の活性化も試みられている。
8)10)
省力化により節減された経費を資料費にまわすことは出版社側からも提案されている。図書館でのチェックインを省力化するため、出版社からは雑誌を号単位で識別するSISAC(サイサック)コード16)
がバーコードで1992年から雑誌に印刷されている。外資系のシステムでもSISACコードが各冊に貼付されて納品される。学術情報流通全体からみれば、チェックインの省力化は、代理店によるチェックイン方式の提供より、情報流通のより上流である出版のレベルでなされるほうが効果的である。経費節減を資料費に向ける作業は、図書館全体のビジョンが必要になるので現状では困難であるが、担当職員が楽になるだけの「省力化」は省力化とはいえない。代理店側の提供した付加価値サービスをいかに図書館全体の省力化に結びつけるかが問題として認識される必要がある。
お わ り に
外国雑誌の価格問題の解決には、図書館における文献提供システムの考え方、学術情報流通における図書館・出版社・代理店・研究者の役割、図書館「員」の役割など、根本的な問題の解決をも必要とする。
購入は最も使いやすい文献提供システムであり、中止はILL(Interlibrary
Loan:相互協力)への文献提供システムの変更である。大学図書館の最大の目的は文献提供であり、低成長下での提供手段の選択は政策的判断となる。ILL、ADONIS、ネットワークによる原文伝達など文献提供の代替手段は整備されつつある。ILLの増加もそれを証明している。
代理店は価格面でそれなりの努力をしてきたが、図書館はほとんど実質的な貢献をしていない。学術出版産業全体を視野に入れた学術情報流通の整備に向けて、図書館界全体としての新たな努力が必要となろう。
購入方式の選択・評価などの選択肢が増えた場合、より適切な方式を選ぶのは担当者の仕事である。図書館員の職場異動が頻繁になっている昨今、業務上の専門知識の蓄積は、図書館としての強固な意志がなければおぼつかない。未着欠号、誌名変更、出版状況、研究動向など、あらゆる情報を把握する重要な仕事であるチェックイン作業がアルバイト任せにされたり、新方式の導入により現場職員の注意がチェックインから遠ざかり、さらに学術情報流通のサイクルから遠ざかることも懸念される。いま、改めて図書館員の役割について考える必要性を痛感する。
(統計数値、動向年表、文献リストなどの基礎データ及び説明不足な点は、1993年12月発行予定の「[私立大学図書館協会東地区部会研究部]逐次刊行物研究分科会報告51号」(発行の問合わせ先:文教大学越谷図書館 鈴木)に別途報告する予定である。)
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