本と大学と図書館と 長谷川 豊祐(はせがわ とよひろ) 2019/09/15 2019年09月号 「本と大学と図書館と」-11- 共愉 共愉(conviviality)という言葉に出会ったのは,古瀬幸広;廣瀬克哉『インターネットが変える世界』(岩波新書432
1996)です。“みんなでワイワイがやがやと楽しい「共愉的な道具」として世界を変える力を秘めています”(p.189-91)に,大いに共感したのは,20年以上前でした。 長谷川 豊祐(はせがわ
とよひろ) 2019年08月号 「本と大学と図書館と」-10- 大学のつくり方 学科増設の際,大学をつくった経験のある教員から,話を伺ったことがあります。既存の短大に,大学を新設した経験談でした。学科や大学院より大変で,設置基準の大綱化前だったので,もっともっと大変ということでした。人脈を頼って,教員を集めたり,カリキュラムをつくったり,申請書類を整えたり。学生募集やお金の話は聞けませんでした。つくることの大変さと,その喜びがシンクロしているような印象を受けました。実際,大学のつくり方がどんなものなのか,ず〜っと気になっていました。図書館ができていないので,体育館に本棚を設置して,箱だけを並べて,現地調査を通ったという,嘘とも本当ともつかぬ話を聞かされたこともありました。 長谷川 豊祐(はせがわ
とよひろ) 2019年07月号 本と大学と図書館と-9-
成果としての教室 2019年06月号 -8-
バーコードと流通 2019年05月号 お休み 2019年04月号 -7-
パンの哲学 2019年03月号 お休み
2019年02月号 -6-
FGI 2019年01月号 -5-
本を買う 2018年12月号 -4-
情報リテラシー 2018年11月号 -3- 引用分析とGoogle 2018年10月号 -2-
業務分析
本の紹介を交えて,大学と図書館と学生・教職員に,話題を広げます。
高等教育問題研究会・FMICS
(フミックス) 会誌「BIG EGG」に連載
重要なお知らせ:第9回からBlogにも掲載しています。
コンヴィヴィアリティ(conviviality)は,思想家のイワン・イリイチによる用語で,辞書的には「宴会気分,陽気さ」という訳語があてられ,イリイチの訳本では,自律共生や,自立共生と訳されています。「みんなで一緒にいきいき楽しい」や「みんなでワイワイがやがやと楽しい」というニュアンスがあります。
個人のWebサイトを1996年に開設し,その前後に,図書館からは借りずに買って読んだ本です。快楽的に「楽しむ」よりも,愉快に「愉しむ」という字面から「共愉」が気に入りました。
道具としてのパソコンと共に,インターネット接続やWebサイト構築を愉しむ,そんな時代でした。データベース,ミュニケーションツール,更に,市民への情報アクセスの保証としての役割に注目しました。関連図書,雑誌記事があふれていました。主な図書だけでもこれだけあります。
・奥乃博『インターネット活用術』岩波書店
1996
・(社)情報科学技術協会編『情報検索のためのインターネット活用術』日外アソシエーツ
1996
・アリアドネ『調査のためのインターネット』ちくま新書 1996
・岡部一明『インターネット市民革命』御茶の水書房
1996
“知識や情報を,自由に他のコンピュータや人間と共有し,交換することができます。そのような方法を持たなかった人間に,新たな驚きをもたらし,新たな課題をなげかけます”村井純『インターネット』(岩波新書
1995
はじめに)
“インターネットは「世界最大の百科全書」として機能”するものの,“インターネットは「探したい」「知りたい」人にとっては革命的なツールでも,意外に生活必需品ではない”古瀬幸広『インターネット活用法』(講談社ブルーバックス
1996
p.86-87,104)
インターネットと愉しくつきあうことで,図書館員がみんなでワイワイがやがやと愉しく,図書館サービスを提供できると,本当に思っていました。それらは,20数年後に達成されましたが,90年後半のワクワク感を,もう一度,今度は大学人として,住民として愉しみたいものです。
(図書館笑顔プロジェクト/元鶴見大学図書館)
清水一行『虚構大学』(光文社文庫
2006)は,1978年8月から1979年3月にかけて雑誌連載され,連載終了後,すぐに単行本化され,その後,3回目の文庫化です。息の長い経済小説といえます。舞台は1964年,学校づくりの名手と称される主人公が,学校法人創設と大学新設を同時に行うフィクションで,紆余曲折と事件が連続した結果のサクセスストーリーです。モデルになった大学があるようで,手に汗握る内容です。
17種類におよぶ添付書類を,正,副控えの各3冊,そのうち事業計画書,予算書類,施設費,財源調書,負債償還計画書,学生納付金調書をそれぞれ30部ずつ提出,スカウトする教授・助教授の就任承諾書,履歴書,業績証明書,図書室に必要な約3万冊の図書目録,これらを大学学術局に運び込む(p.258-9)。こうした事務手続き。
資金に関わることでは,国有林の払い下げ,当面の設立準備資金から最終的に必要な80億円の調達。更に,学長や理事の人選とパワーバランスから,癖のある学長候補者と,自分の利益しか考えないその取り巻きと,理想的な大学新設を目指す献身的な主人公,これらの登場人物の人間模様と輻輳して物語は展開します。
著者は国の教育制度の抱える問題を浮き彫りにしようとしています。教育とは何なのか,大学とは何なのか。本質的な問題を考える基礎知識を得るには最適の一冊です。小説という表現形式により,人間模様や「虚構」の設定の中に,ドキュメンタリーや教科書からは知り得ない,教育のありのままの姿が織り込まれています。流通好きには,ネット通販のアマゾンと,物流大手のヤマト運輸の熾烈な戦いを描いた,楡周平『ドッグファイト』(角川書店
2016)も,同様のタイプの経済小説です。2冊ともお薦めです。
(図書館笑顔プロジェクト/元鶴見大学図書館)
住民として地域に暮らし,職業として教育に関わり続けていると,何を今更なことを考え,悩みます。高等教育とは何?図書館とは何?その成果は何???考えるほど,答えは逃げていきます。
そんな時に観る映画が『幸せの教室』(2011年 99分 原題:LARRY
CROWNE)です。トム・ハンクス(学生役)は,学歴がないことを理由に,勤めていたスーパーマーケットを突然解雇され,コミュニティ・カレッジに入学し,ジュリア・ロバーツ(教師役)の「S217(非公式の意見術)」を履修します。最初は,海軍での20年の厨房担当の経験を活かして,フレンチトーストのつくり方をスピーチしますが,73点の評価です。何回かの授業を経て,修了試験のスピーチでは「ジオグラフィ・ショー」(地理のお話)を,「ジョージ・バーナード・ショー」に繋げてA+の成績になります。
軍艦で廻った世界の海を紹介し,ショーの格言「愚か者の脳みそは哲学を愚行へ,科学を俗説へ,芸術を衒学へと要約する。ゆえに大学教育がある」を導き,「ショーもスピーチ217(非公式の意見術)のような講義を大学で学んだのだろう」と教師を持ち上げ,臨席した学生部長とクラスの大喝采を受け,教師の心も射止めます。
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冒頭,ガレージセールの隣人が,無料の大学パンフレットを売りつけようとします。その内容を見て入学に踏み切ります。そして,キャンパスに入ると,学生部長が話しかけてきます。スピーチ217では「人生が変わる」,「乾杯の挨拶から就職面接までの円滑な話法」と薦めます。クラスが10名にならないと開講されないらしく,あまり人気のない授業をプッシュします。どうやら,部長は,ジュリア・ロバーツに好意を抱いているようで,先生のサポートもしています。更に,部長の趣味である太極拳のサークルにも誘い,学生想いの熱心な管理職が印象的です。
ECON1(経済学)の履修からは,不良債権化した自宅も処分し,クラスメートとバイク仲間になり,生活もファッションも一変します。
自分も社会人大学院に通い,通信教育夜間スクーリングで幅広い年代の学生を教えつつ一緒に学んでいます。自分がトム・ハンクスとジュリア・ロバーツに重なる部分を実感する映画です。
東欧人トム・ハンクスが,ジャズ演奏者のサインをもらいに米国を訪れて空港で足止めされ,そこで働く人たちとの交流が描かれる『ターミナル』(2004年
129分)も,ほっとする内容です。本と大学と図書館というテーマでは,『幸せの教室』が,大いにピッタリです。
科学技術の発展は,社会生活を一変させます。コンピューターよる自動化技術によって「消える職業」や「なくなる仕事」も話題になっています。本やメディアに関しては,印刷技術とインターネットであり,今回,取り上げるのは,流通革命に貢献したバーコードです。身近に実装されているのは,スーパーの買い物や,図書館での本の貸出です。商品パッケージなどに印刷された白と黒の縦縞模様は,13桁の数字をシンボル化したもので,一見,高度な発明にはみえないかもしれません。しかし,レジスターや業務システムと組み合わせて,商品購入や貸出手続の時間を大幅に短縮し,単品別に販売・利用情報を把握できます。20世紀最大の発明ともいわれています。
橋本健午『バーコードへの挑戦:浅野恭右とその時代』(日本経済評論社 1998
p.1)
バーコードの普及には,商品の製造・物流・販売に関わり,家電から菓子に至る全業界の説得・連携・実装が必要でした。その苦労は,コードやシステムの標準化,流通コードセンターの設置,そして,商習慣にこだわる大手・老舗とのやりとりから,セブン・イレブンの全店導入で普及に弾みがつくまで,綿密な取材によって語られています。一つの技術が社会生活に受け入れられるのは,並大抵の苦労ではありません。それだからこそ,我々は大きな恩恵を享受できるのです。
本には,カバーの裏表紙に2段のバーコードが印刷されています。図書館で貼っている貸出用のバーコードは,商品流通のバーコードとは別のものです。2段のバーコードは,2つの13桁のコードをシンボル化したものです。新潮社が1990年8月の新刊の文庫からつけ始めました。新しい仕組みに対しては,そもそも必要なのかという根本的な疑問や,ブックデザイン面からの抵抗もありました。しかし,版元・取次・書店における物流の合理化や,欲しい本が読者の手元に早く届く効果も望め,バーコード表示で,本も他の商品と足並みをそろえることになりました。
本のバーコード表示には前史があります。1970年以前はコードの印刷はありません。1970年には,分類−製品−出版社コードからなる書籍コードが誕生し,1980年には,国際標準図書番号(ISBN)に分類・定価を付与した日本図書コードがOCR-Bフォントで,カバーの裏表紙に印刷されます。そして,1990年から,ISBNと分類・定価の2段バーコードとなって現在に至ります。
消耗品として消費されない本には,流通の技術が刻まれ,流通の歴史が見えてくるでしょう。
本よりも,学ぶことよりも,図書館よりも好きなものがあります。粉ものです。ラーメン,パスタなどの麺類,たい焼き,饅頭などの餡子とのコラボ,そして,パンです(米も大好きで産地直送のお米農家は20年以上の贔屓です)。一時期,テニスのジョコビッチで広まったグルテンフリーによるカロリー摂取の総量管理と,ウォーキングによるカロリー燃焼を組み合わせていました。
近所の4キロ四方を歩いていると,季節の草花に目が留まりますが,美味しそうな食べ物も見つかります。ウォーキングは諸刃の剣です。パンの匂いに誘われ,店舗の外から店構えを吟味し,店員さんの動きをチェックし,客層を見極めます。1年ほど前に出会ったパン屋さんが,鵠沼海岸のQuinto(クイント)でした。雰囲気の良いイートインコーナーで,美味しいパンと,お気に入りの本の組み合わせは至福の時です。
味も,食感も,接客も突き抜けています。進化と言えます。クルミとイチジクの組み合わせは普通にありますが,粉の種類と焼き方の組み合わせが違うのでしょう。カリッ,モチッ,フワァです。セコンドという食パンは,焼かないほうが好きだと,店長さんも,売り子さんも言います。確かにその通りです。フンワリとミルクの香りが鼻に抜けます。店員さんが「今日は,何を召し上がりましたか?」と,声をかけてくれます。
お客さんの個体識別と,好みの把握も奨励されているようです。パン作りの職人であり,Quintoも含めた8店舗を構える経営者でもある森社長の書いた本では,人材育成,パンづくり,店づくりの哲学(Philosophy)が解説されています。
森直史『トラスパレンテのパン哲学: 人気店のこだわりレシピと店づくり』
(誠文堂新光社 2018
2400円+税)
パン,お店,そしてスタッフへの温かい眼差しは,「スタッフ全員がいつも笑って働けること」と「スタッフに辛いことがあったらできるだけみんなで共有すること」(p.3)に言語化されています。パンの紹介がレシピの2倍もの量で解説され(p.14-167),僕は,その思いを頂けるのです。
最後は,愛されるパン屋であり続けるために,「お客様が求めるものを」から「トラスパレンテのこれから」と「働くことの将来性」(p.168-187)で構成されています。
僕は,明日も,本を片手に,このパン屋さんに通い続けるでしょう。本と大学と図書館は,愛され続けているのでしょうか?進化や哲学はあるのでしょうか?
新たなサービスや製品の開発や,顧客満足度調査ではアンケート調査やインタビュー調査が行われます。大学では学生生活実態調査を,図書館では利用者調査を頻繁に実施します。これらの調査結果は課題解決に役立っているのでしょうか?調査自体が目的化して,ユーザー志向であることのアリバイ工作や,調査者の自己満足に終わっていることはないのでしょうか?調査の集計結果・分析・対策が明記された報告書が公開されることも少ないのではないでしょうか?
最近,図書館利用者調査に関わる機会がありました。その集計結果と分析概要の公開のされ方について,住民の立場から疑問を感じました。図書館の利用頻度や利用目的などの定量的な集計結果より,アンケート調査の自由記入欄が気になりました。住民の生の声が満載です。駐車場や駐輪場が足りない,バリアフリーが不十分という多くの声があります。一方,検索システムの仕組みに関しての少数(というより一つ)のレアな不満もあります。こうしたレアな声に耳を傾ける必要があるのではないでしょうか?定量的に見て,少ないから無視という対応になってはいないでしょうか?
レアな声の真相に迫るには,6名程度のグループによるFGI(フォーカス・グループ・インタビューインタービュー)が有効です。以下のプリンターに関する事例が,非常に納得できます。
カラープリンタの満足度調査の「より印字速度を速く」への対応には,技術的・コスト的に大変です。FGIを実施して,「印字速度が遅い」を深く聞いてみると,インクがにじんだり,紙詰まりを起こしたり,何度も失敗して時間がかかるという状況が明らかになります。対応は,印字速度を速めるのをやめて,シートフィーダーの性能をあげたり,インクがにじまないようなものに変えることによって「印字速度が遅い」という不満を解消することになります。住民・生活者の言葉と,製品製造者・サービス提供者の言葉・感覚にギャップがあるのです。
昨今,両者間のギャップは広がり続けています。ギャップを認識し,乗り越えるためにも,学生生活実態調査や図書館利用者調査において,FGIや定性調査がもっと活用されるとよいと考えるこの頃です。
今月は自分の論文の紹介です。以下に公開しているのでご一読ください。そして,FGIやってみませんか?
長谷川豊祐.
フォーカス・グループ・インタビューは利用要求を解明する. 現代の図書館. 2010, 48(2), p.78-88. http://toyohiro.org/BookUnivLib/fgi.pdf
==今後の予定==
FMICS
2月例会(2/9)は「就活ルールの撤廃」です。残念ですが,施設管理・運営の「新しい複合施設図書館の建築と運営」で,図書館案件を優先します。
恒例の関西FMICS
3月FORUM(3/16-17
滋賀)には参加予定です。ご一緒しましょう。
先月号で宮原さんが紹介された自伝『こころの風景』(北日本新聞社
1999)を起点に,芋づる式に資料を検索してみました。著者の吉枝喜久保氏は,K社の外商部門を立ち上げた方で,FMICSについても本書でふれられています(p.184-7)。検索したのは,大学で購入する本や雑誌は,K社やM社など,大手書店の外商を経由するので,流通の仕組みへの興味からです。
波多野聖『本屋稼業』(角川春樹事務所
2016)が見つかりました。日本では本の売り上げが落ち込んでいるので,リアル書店で買おうとしましたが,歩いて行ける範囲の書店にも,隣駅の書店の店頭在庫にもありません。書店で注文して取り寄せると日数がかかり過ぎます。ネット書店には在庫があり,24時間,365日,何時でも,何処からでも注文可能です。しかし,アマゾン社以外のネット書店では送料の発生がほとんどです。店頭受け取りもできますが,在庫のある書店の方面に出かける用事がない限り,交通費がかかります。
結局,歩いて10分のF市図書館の分館が所蔵しているので,そこで借りることにしました。「本屋が好き。本屋という景色が」,「本屋稼業が好きでたまらない」というセリフが心に響きます。本を買う方法は複数ありますが,この本だけはリアルK書店で買おうと決めています。ちなみに,ヒットしたW大学図書館紀要に掲載された論文は,フルテキストが公開されていて簡単に入手できました。
さて,『こころの風景』の入手です。この本は絶版らしい上に,所蔵する図書館も遠く,アマゾン社のサイトから古書で買いました。在庫豊富,送料無料,早い到着で,買う際には最有力の入手先になります。活字離れだけでなく,アマゾン社の手軽さの反作用としてリアル書店が減り続けているのでしょう。易きに流されず,本を買うならリアル書店と自戒しているのですが・・・。
本書の興味深い内容は,1)稀覯・大型のコレクションの納入,2)顧客である大学教職員の営業用データを蓄積したカード形式の得意先台帳の活用,3)大学新増設支援の様子,4)開学後の資料の一手受注を目指した目録カードの添付サービス,など。昭和30年代末からの第一次大学新設ブームの様子は,大学人としても興味深いでしょう。
書店では,本が文化的側面を捨象した単なる商材として扱われることもあります。大学や図書館も同様に,電子メディアやICTの発達と,ユーザー要求の変容へ,真摯な対応が必要です。
(構成の不具合を修正して,最初のパラグラフを最後に持っていきました。再構成した結果,論文要約で情報リテラシーを磨けるものの,文書を読めないというリテラシー以前の問題や障害もある,としました。2019/01/17) 新聞等でも話題の新井紀子著『
AI vs. 教科書が読めない子どもたち
』(東洋経済新報社
2018.2)では,学力以前に,教科書の文章を理解できていないので,アクティブラーニングも英語も順番が違うという主張が,特に印象的でした。問題文に出現する分からない漢字を飛ばして読むのでは,問題を理解していないことになります。解答が正答か誤答か,それ以前の問題です。
読めない子どもが大人になり,指示や仕事の趣旨を理解できていない社会人になると感じるのは私だけでなないでしょう。これは,リテラシーの問題であり,特に最初の読みの障害でしょう。
リテラシー(literacy:識字)とは,文章を読み,内容を理解し,文章を書き,計算すること,更に,それらができる能力を備えていることです。要するに,読み書き算盤です。Reading,wRiting,aRithmetic
のRから,3R’s(スリーアールズ)とも,英語では言われます。特定の分野や対象を冠して「情報リテラシー」,「コンピュータリテラシー」,「メディアリテラシー」などのように用いられることもあります。
10年前から「図書館・情報学」という科目を担当しています。授業目標は以下の3点です。一般教養的な内容で,社会人基礎力ともいえます。
a)社会生活における課題発見とその解決のために,情報を正しく理解して活用する能力を身につける。
b)情報活用能力を身につけるために,情報メディアと,情報の組織的な提供機関である図書館の基礎的な事項について,その特徴や仕組みを知る。
c)情報の収集・評価・発信の基礎的な演習により,情報メディアと図書館を活用するための理解を深める。
この授業の演習の一つとして,学術論文を要約する課題を課しています。学術論文をインターネットや図書館から入手して,その内容を,目的,方法,結果,結論の4項目に再構成して,論文をコンパクトにまとめて書く課題です。この要約の課題を2回繰り返すので,論文の検索,論文の読み,内容の理解・評価,書くことに習熟する機会になります。
選択した論文を読むことは,レポートや卒論を書く時の参考にもなります。良質な「読み」が,成果(書くこと)につながり,履修生に好評です。皆さんも,業務上で興味のあるテーマで論文を検索し,要約してみてはいかがでしょうか。リテラシーが向上すること請け合いです。
新聞等でも話題の新井紀子著『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社
2018.2)では,学力以前に,教科書の文章を理解できていないので,アクティブラーニングも英語も順番が違うという主張が,特に印象的でした。問題文に出現する分からない漢字を飛ばして読むのでは,問題を理解していないことになります。解答が正答か誤答か,それ以前の問題です。
読めない子どもが大人になり,指示や仕事の趣旨を理解できていない社会人になると感じるのは私だけでなないでしょう。これは,リテラシー以前の問題であり,特に最初の読みの障害でしょう。
「もしわたしがきみだったら,細胞形質膜内にあるタンパク質の位置同定に役立つ,前田の濃度別遠心分離法の技術を,その後,誰が使ったか調べるため,『引用論文目録』から始めるね」と,ノーベル賞候補の細胞生物学者・カンター教授は,教え子のジェリーに指示します。『
カンター教授のジレンマ
』(カール・ジェラッシ著
文藝春秋 1994
p.62)に,こうあります。
この本は教授と弟子のノーベル賞受賞のドタバタ小説で,改題改訳され,『
ノーベル賞への後ろめたい道
』(講談社
2001)としても出版されています。本の帯で「可愛すぎる学者」と表現される大学の研究者たちが,研究し,その成果を学術雑誌に投稿し,査読を経て掲載に至る学術情報流通の実態も描かれます。ジェリーと恋人の化学者,恋人の師匠とルームメイトの英文学者が4人で,学問分野の「しきたり」について論争もします。研究者の生態を赤裸々に描いた小説で,教員や研究を理解するうえで,大学職員の必読書です。
『引用論文目録』とは,世界の大学ランキングにおいて,論文の引用数を算出するデータベース『Web
of Science』のもとになった『Science Citation
Index』(SCI)のことです。例えば,「2010年の前田論文の参考論文リスト」(A)は2010年以前の関連論文が遡って記載されます。一方,SCIは前田論文を引用している2010年以降の新しい論文とその参考論文リストの全部をデータとして搭載しているので,「前田論文を引用している論文リスト」(B)を生成できます。
(A)は2010年以前の古い論文,(B)は2010年以降の新しい論文です。(B)から前田論文の展開を追えます。これが引用分析です。(B)から前田論文を引用している論文の数が「引用数」として算出され,同様に他の研究者の論文の引用数も算出されます。引用数の多い論文が,他の論文からの評価を獲得した,その領域の重要論文です。
Google Scholarでも引用数はわかります。SCIを更に知るには,『
科学を計る:ガーフィールドとインパクト・ファクター
』(窪田輝蔵著 インターメディカル
1996)がお薦めです。
さて,検索エンジンで高いシェアを誇る「グーグル」のページランクは,リンクを引用と見立て,Webページ間のリンク関係によってWebページの重みを解析しています。その結果,検索語に合致するだろうWebページが上位に表示されます。
引用分析は,研究における関連論文調査からはじまり,大学ランキングの評価指標の一つとなり,更に,検索エンジンの表示順序の技術としても用いられるようになりました。情報技術が多方面に展開する好例といえます。
戦後,新制大学が発足して大学と学生の数が増加するブルーオーシャン(競争のない業界)の時代は終焉を迎え,高等教育業界はレッドオーシャン(競争の激しい業界)の時代になりました。大学の図書館に目を向けると,青の時代に,図書館の蔵書と建物は,物理的・経費的に拡大し続けました。図書館の拡大傾向は「宿命」です。
学校教育法83条で,「大学は,学術の中心として,広く知識を授けるとともに,深く専門の学芸を教授研究し,知的,道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする」とあり,大学設置基準38条(図書等の資料及び図書館)に,「大学は,学部の種類,規模等に応じ,図書,学術雑誌,視聴覚資料その他の教育研究上必要な資料を,図書館を中心に系統的に備える」とあります。更に,適当な規模の閲覧室・書庫,学生の学習に十分な数の座席を備えると続きます。学部・学科や学生の増加に従い,図書館は成長・拡大します。
経済も成長している青の時代ならばともかく,赤の時代においては,図書館は,一生成長を続ける恐竜のような非効率な生き物になりかねませんしかし,「図書館には,その機能を十分に発揮させるために必要な専門的職員その他の専任の職員を置く」ともあり,赤の時代における品質の維持・向上の条項が,踏み込んで基準を解釈すれば,きちんと組み込まれていることがわかります。また,「資料の提供に関して他大学図書館との協力に努める」と連携の方向も示されています。
改めて品質の維持・向上と,資料提供の連携を再構築する際に,『
大学図書館の業務分析』(全国国立大学図書館長会議編 1968
日本図書館協会)が参考になります。この本には,用語の規定や解説,業務の具体的な内容,業務の専門性・困難性・責任性が分かりやすく記述され,業務改善と人材育成に活用できます。
半世紀前の発行ですが,図書館の普遍的機能や,機能を実現する業務の土台を再発見できます。例えば,資料の収集・選択の章には,「この業務は,教官や学生の要求,カリキュラムの調査,学会の研究動向の把握,資料構成の検討,利用状況の分析,資料収集方法の調査などの一連の作業を基礎として行われる。(中略)大学の教育・研究活動に対する深い理解と広範な資料に対する専門的知識,ならびに適切な資料収集のための企画力が必要」とあります。現状から解釈すれば,電子ジャーナルの利用状況の把握,ネット書店からの資料購入も視野に入り,インターネットや電子メディアにも十分対応可能です。図書館運営に限らず,人員,経費を節減し,サービスを向上させる効率運営の実現に向うには良い本なのでお薦めです。
2018年9月号 -1- 四六答申 |